今週の聖句(6/28)
しかし、わたしたちの救い主である神の慈しみと、人間に対する愛とが現れたときに、神は、わたしたちが行った義の業によってではなく、御自分の憐れみによって、わたしたちを救ってくださいました。この救いは、聖霊によって新しく生まれさせ、新たに造りかえる洗いを通して実現したのです。神は、わたしたちの救い主イエス・キリストを通して、この聖霊をわたしたちに豊かに注いでくださいました。こうしてわたしたちは、キリストの恵みによって義とされ、希望どおり永遠の命を受け継ぐ者とされたのです。
この言葉は真実です。あなたがこれらのことを力強く主張するように、わたしは望みます。そうすれば、神を信じるようになった人々が、良い行いに励もうと心がけるようになります。これらは良いことであり、人々に有益です。愚かな議論、系図の詮索、争い、律法についての論議を避けなさい。それは無益で、むなしいものだからです。分裂を引き起こす人には一、二度訓戒し、従わなければ、かかわりを持たないようにしなさい。あなたも知っているとおり、このような人は心がすっかりゆがんでいて、自ら悪いと知りつつ罪を犯しているのです。
テトスへの手紙3章4-11節
テトスへの手紙はテモテへの手紙一、二と合わせて牧会書簡と呼ばれています。キリスト教が周囲の社会に受容されることが大切にされ、当時の社会慣習や規範を積極的に受け入れることが勧められています。
しかし関心の中心は、「異なる教え」を説く者たちがいる当時の状況の中で、信仰と「健全な教え」を正しく受け継ぐために、教会の指導者が何をなすべきかでした。「健全な教え」を受け継ぐためにも、パウロの伝えた教えを正しく「継承」することを重視し、誤った教えの人々に対して訓戒はするが、議論するのではなく、むしろ距離を取るように勧めています。そして良い行いを通して、その正しさを示していくというのです。
~チャプレン 草島 豊~