研究

「他の者との平等を基礎として」(田中 耕一郎)

 「うちの施設の利用者は幸せです」。

 福祉系大学を卒業し、知的障害者施設に勤め始めたばかりの頃、新人職員研修として派遣された勤務先と同系列の知的障害者施設の施設長の言葉です。

 その施設長は続けてこう言いました。「現在、県内の知的障害者施設では、利用者は週に2回しか入浴できていません。でも、うちの施設では職員たちが頑張ってくれていて、週に3回、風呂に入れているのです。幸せでしょ?」と。

 福祉現場の経験も知識もほとんど持ち合わせていなかった私でしたが、直観的におかしいと感じました。研修を終えてからも、しばらくこのことを考えていたのですが、そこで浮かんだのは「分断の思想」という言葉でした。

 「分断の思想」とは、「私」の暮らしと「彼ら/彼女ら」の暮らしを分断したうえで「彼ら/彼女ら」の暮らしを評価する、というような思想だと思います。この「分断の思想」に拠りかかると、「彼ら/彼女ら」の置かれた劣悪な状況に対して、「私」はもはや「痛み」を覚える必要はありません。

 2006年12月に国連で採択され、2014年1月に日本も批准にこぎつけた「障害者の権利に関する条約 Convention on the Rights of Persons with Disabilities」(以下、CRPD」には頻出する一つのフレーズがあります。それは「他の者との平等を基礎としてon an equal basis with others」というフレーズです。試しに数えてみたところ、CRPDの中でこのフレーズは31か所も使われていました。ここで言う「他の者」とは「他の市民」を指しています。つまり、障害者は「他の市民との平等を基礎として」その市民権を実質的に保障されるべき存在である、という意味がこのフレーズに込められています。

 私たちはともすると、障害者の暮らしを「他の国·他の地域の障害者たちの暮らし」や「○○年前の障害者の暮らし」と比較しがちです。例えば前者では「あの国の障害者に比べて、福祉の発展した日本の障害者の暮らしはまだましだ」とか、上述の施設長のように「他の施設の利用者と比べて、うちの施設の利用者は…」というような比較、また後者の例では「20年前の障害者の暮らしに比べて、福祉の発達した現代の障害者の暮らしはとても良くなっている」などの比較です。

 しかし、CRPDは、 「他の者との平等を基礎として」というフレーズを通して、このような空間軸や時間軸での「障害者同士の比較」ではなく、同じ時代、同じ社会に生きる「他の市民との比較」によって、障害者と非障害者との格差なき実質的な権利の享有を求めています。つまり、CRPDは上に述べた「分断の思想」に対する明確な拒絶を宣言しているのだと言えます。

 週に3回しか入浴できない利用者を「幸せだ」と言ったあの施設長は、週に何回、風呂に入っていたのでしょうか?

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