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【心コミ・リレーエッセイ 2022年度 第7回:「裁判傍聴」(阪井宏/教授 専門:現代社会学、メディア論)】

2022/06/01

 5月中旬、ゼミの3年生7人とともに、大通西11丁目の札幌地方裁判所を訪れ、刑事裁判の初公判を傍聴した。被告は25歳の女性。罪名は窃盗だった。 


 法廷に入ってきた被告は、青と白のジャージーの上着に、グレーのGパン姿。女性事務官2人に両脇を固められ、腰に縄を巻かれていた。両腕も縄で縛られていた。学生たちは身じろぎもせず、目の前の光景を茫然と見つめていた。検察官、弁護人の陳述に続き、初老の父親が証言台に立った。「自分が(娘に)変わってやりたい」。痛々しかった。


 1週間後、判決公判が開かれた。裁判長は、懲役10月の実刑を言い渡した。窃盗の前科が刑を重くした。「分かりましたか」と裁判長は穏やかに声をかけた。被告は「はい」と小さく答えた。公判は10分足らずで終わった。


 被告には、軽度の知的障害がある。金銭の管理も不得意である。盗んだのは1万2000円のスマホ充電器。メルカリで売り、換金するつもりだった。生活費の支払いに困っていた。彼女にとって、この刑罰にどんな意味があるのか。刑に服することで、彼女はどう立ち直れるのだろう。


 学生時代、私は刑法を学んだ。刑は応報(仕返し)ではなく、目的(立ち直り)のためにあるべきだ。そんな新たな刑法理論がまぶしかった。あれから40年余り。日本の司法は、いまだに応報刑の呪縛から抜け出ていない。彼女に必要なのは、罰則か、それともケアか。


 判決が下り、閉廷したのち、腰縄を再び縛られた被告と目が合った。被告は目をそらさなかった。たった3秒ほどなのに、とても長く感じた。見ず知らずの私に、何かを訴えたかったのかもしれない。


 裁判所を出ると、5月とは思えない熱気が襲ってきた。大通公園では、保育園児が日向ぼっこの真っ最中。目の前を、リクルート姿の女子学生が足早に通り過ぎる。平穏な日常風景の中、ひとりの若い女性が拘置所へ向かおうとしていた。


大通を挟んで建つ裁判所