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【心コミ・リレーエッセイ 2022年度 第34回:「「役に立つ」「褒められる」「必要とされる」」(阪井宏/教授 専門:現代社会学、メディア論)】

2023/01/30

 昨年12月、阪井ゼミ3年の7人とともに、札幌と旭川のちょうど中間にある美唄市を訪れた。市内のスーパーで、地元の親子を対象にクリスマスグッズづくりのイベントを行い、併せて地域再生をテーマにシンポジウムを開くためである。


 シンポジウムでの発表に向け、美唄で頑張る企業を探すうちに、学生たちがある会社を見つけた。クレヨンのような多色筆記用具「キットパス」や、環境や体に優しい「ダストレスチョーク」をつくる会社「日本理化学工業」。業界では国内トップシェアを誇り、海外にも販路を広げる優良企業である。


 雪をかき分け、昭和っぽい工場に入った。作業服姿の従業員がチョークの製造機に張りつき、作業に没頭している。社員は総勢90人。うち63人が知的障がい者。実に全体の7割を占め、その4割は重度である。


 障がい者の雇用促進は今、社会のトレンドになっている。さまざまな業種で、障がい者雇用が始まっている。それ自体は大きな前進だ。しかし現状では、業務内容の全般までを見直す企業は少ない。「健常者本位」の作業工程を改める動きには、なかなかつながらない。


 美唄の会社は発想が違う。「どうしたらみんなが生き生きと働けるか」と知恵を絞る。原料の計算が難しい仲間がいれば、計量器の数字表記を色の違いで分かるようにする。材料の配合時間を測れない仲間がいれば、置時計を砂時計に替える。そんな工夫を重ねてきた。相互の思いやりが、発想の源にある。


 評判を聞きつけ、経済学者が見学に来る。「障がい者を7割も雇用して、なぜ利益が出るのか」。学者の疑問はそこに集中する。「大切なのは、人の幸せとは何かに目を向けること」。西川一仁常務はそう答えている。


 「役に立つ」「褒められる」「必要とされる」。この3つの願いが叶えば、人は幸せを感じる。仕事をとおし、充実した人生を送ることができる。「幸せはお金では買えない。そのことを私は、障がい者の皆さんから教えてもらった」。


 西川常務は付け加えた。「日本の社会は、実は健常者の能力も活用できていません。問われているのは能力の引き出し方。秘訣は幸せにすること。これに尽きます」


 利益と効率を追い求める中で、日本社会は大切な何かを見失った。その代償は限りなく大きい。そして大学。私たち教員は学生たちに何を教えるべきか。どのような人材を社会に送り出すべきか。大学の存在意義が問われている。



チョークづくりに没頭する従業員の皆さん