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北星について

北星について
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~スミス塾から女学校へ~

1887年、アメリカからやってきた一人の女性宣教師が札幌に小さな塾を開きました。
女性の名はサラ・C・スミス。北星学園の歩みは「スミス塾」と呼ばれたこの塾から始まりました。

写真:創立者 サラ・C・スミス

創立者 サラ・C・スミス

札幌に女学校を

スミスの故郷はニューヨーク州エルマイラ。ここの教会から日本へ派遣された彼女は、しばらく東京の女学校で教職についていました。しかし体調を崩し、療養のため函館へ。
これが人生の大きなターニングポイントとなりました。

「北海道の女子教育のために、キリスト教に根ざした学校づくりをしてほしい」
大島正健ら札幌農学校の1・2期生の奨めもあり、やがてスミスは札幌に女学校を開校することを決意します。
7名の教え子と共に札幌の地に降り立った彼女は「スミス塾」を開設。
その後、北海道庁長官の岩村通俊から校舎となる建物を借り受けることに成功します。

生徒数46名。札幌初の女学校は、たった19坪の小さな校舎からスタートしました。

理想の教育を求め続けて

開校から7年後、建物の返還を迫られた女学校は、多くの人々の援助に支えられ、新校舎に移転することになりました。
これを機に「北星女学校」と改称。社会活動を通じて地域住民との信頼関係も培われていきました。
その後、高等女学校卒業資格や教職の資格取得など、学校の基礎を確立。
学校運営は同じ志を持ったアリス・M・モンクに引き継がれることになりました。


1931年、満州事変勃発の年、80歳になったスミスは自らの使命を終えて帰国します。
日本滞在51年、送別会の席で彼女が残した言葉です。
「キリストはご自分を喜ばせることはなさらなかった」(ローマ人への手紙15章3節)
これは、自分のためにではなく、他の人のために、女子教育のために生きてきたスミスの生涯そのものでした。

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