北星学園大学・北星学園大学短期大学部

MENU

-現地企業訪問-

経済学部 経済法学科 3年
 中本 愛梨

期待の第1回目

▲市役所の受付で交渉、不慣れな英語でも熱意は伝わったが…

 海外事情の企業訪問は、シドニーで自ら企業にアポイントメントをとり、訪問することで仕事への理解を深めることが目的です。
私は渡航前から都市開発に興味を持っており、都市開発のプランニングを担うシドニー市役所を訪問しようと考えました。そこに直接赴いて、受付の方と話したら、「アポイントメントのメールを市役所宛に送るように」と言われました。しかし交渉の後、忙しくてメールを送るのが遅くなってしまいました。返信が来ないので何度か送り、もう一度シドニー市役所の受付で直接交渉したのですが、「時間が足りない。以前、交渉しに来たその日すぐにメールを送ってくれれば、間に合っていたかもしれない」と断られてしまいました。私の行動が遅かったことで、せっかくの機会をものにできなかったことは、非常に悔しかったです。

失敗をばねにした2回目

▲真ん中奥のビルは日本独立行政法人のJETRO。日本企業の海外支援を行っている。最終週に訪問し、ここでも都市開発について学べた

 後日、リサーチを続けていて丸紅という日本の企業がシドニーの都市開発に関わっていることを知り、訪問したいと思いました。訪問の前日は、訪問の段取りと何を質問するか考えることに費やしました。帰国まで残された時間は僅か2日。勢いと情熱をもって臨むしかありませんでした。
 帰国1日前、丸紅へ行き、「5分だけでも良いのでお話を伺いたい」と熱意をもって伝えると、会議室に案内され、30分ほど時間を頂けることになりました。都市開発に関わっている方に「都市開発をするうえで大切なことは何ですか?」と尋ねると、「政府から要望を聞き、市民に何が必要か、そして経済的な利益を生むにはどうするべきかを考えなければならない」と答えてくれました。政府と市民、経済にとって『何が価値か』を考える、企業が行う都市開発のお話が聞けました。

企業訪問で得られたもの

 シドニー市役所訪問での失敗は、私の丸紅訪問の強い味方になりました。迅速な行動と熱意をもって伝えれば、機会を得ることができることを教えてくれました。そしてその先で得られた、企業が行う都市開発の話は、私の視野を広げてくれました。都市開発に関われるのは市役所だけ…と思っていた自分は見ていた世界が狭かったのだと思い知らされ、これからも視野を広げ続けたいと思いました。失敗して一度は挫折しかけ、苦しい思いもした企業訪問でしたが、そこで得られた学びを今後も活かしていきたいです。

-デビッド・エバンズ先生-

経済学部 経済法学科 3年
 飛岡 健

 私たちは渡航半年前に、シドニー大学でセッションをお願いできる先生を探していました。「多様性」をテーマに作業を進めると、多様性に対応した社会を目指す「ユニバーサルデザイン」の考え、それと深く関連しているインクルーシブ教育の存在を知りました。そして、その分野の研究で世界的に活躍されているデビッド・エバンズ先生に英語でセッション依頼のメールを送ったところ、お返事をいただき、会うことができました。私は経済法学科で得た法学の知識と先生の研究内容を掛け合わせて、学びを一段階深めることができました。

▲この写真は、セッション後日、研究室訪問をした時の一枚

まずは、先生の論文を読む

 渡航前に、エバンズ先生の論文を読んだ時、大学で法学を専攻してきた私にとっては驚きでした。社会での「平等」を目指すうえで、私が学んできた法学も、先生が主張するインクルーシブ教育もハンデのある人を支援することは同じですが、そのアプローチが異なっていたのです。なぜ、先生が違うアプローチを取っているのか知りたいと思った私は、本人に聞こうと思いました。これを英語で正しく質問するために、できるだけ論文を読み込み、準備を納得の行くまでしようと思っていました。

普段の学びが世界共通でないと思い知る

 私はシドニーに、北星で学んだ「憲法I」の講義ノートを持参し、繰り返し目を通してからセッション当日を迎えました。そして私は用意してきた問いをぶつけました。それは、「日本国憲法の法の下の平等と、先生が主張する平等は、アプローチが異なっているように思えます。自分の理解は正しいですか?同じ言葉なのに、なぜこのような大きな違いがあるのですか?」という質問です。
 私は、先生の論文内にある言葉と北星の講義で学んだ言葉で共通するもの(相対的平等や絶対的平等など)を使い、質問の意図を説明しようと考えていましたが、英語で適切な表現方法が見つからず、「そうだ、書いた方が早い」と思いました。私は席を離れて先生の後ろにあるホワイトボードに図を書いて質問内容を表現しました。先生は興味津々に図を見て、ところどころ頷いてくれました。緊張しましたが、私は丁寧に言いたいこと一つ一つを説明し、ようやく先生に伝えることができました。

▲セッションが行われたOld Teachers College。オーストラリアで最古の教育学部の建物のまま残っている

▲話して伝えられないのなら、書いて表現する

「世界の様々な考えを比較することが大事」と気づく

▲シドニーの街を、違う視点で歩く

 障がい者支援について、今まで学んだ範囲では、ハンデのある人のみを支援し、補うことで差をなくそうとするものだと理解していました。それに対してエバンズ先生の論文では、全ての人が抱える障がいを取り除き、ハンデの有無に関わらず全ての人が自分の力で生きられることを目指すものでした。ユニバーサルデザインについても、以前は漠然とイメージを持っていましたが、「全ての人にとって便利な支援」という部分を深く理解することができました。エバンズ先生から話を聞いたあと実際に街を歩き、札幌とシドニーを比較すると信号機ボタンなど、ありふれたものからも違いを発見できました。景色は変わっていないのに見方が変わるだけで、そこには違った光景が広がっていました。
 私が今まで見てきたインクルーシブ教育は、目に見えるハンデのみに対する支援なのではと考えます。しかし先生と話をして、多様性はもっと幅広く、見えるハンデにのみフォーカスを当てると、逆に全ての人が心地よく共生できる社会の実現を困難にさせることもあるのではと気づきました。先生の目指す平等の考えは、今までの私の中になく、私の学びを大きく発展させてくれました。

-アイクマンさんとの出会い-

経済学部 経済学科 3年
 大野 泰征

 アイクマンさんはオーストラリア在住のグローバル人材育成講師です。彼女は、私たちの活動を準備期間からサポートしてくださいました。彼女のおかげで、海外事情は私を想像以上に成長させてくれた経験になりました。しかしそこに至るまで、私は海外経験がなかったこともあり、準備期間から苦労の連続でした。

準備期間は、海外と仕事をする難しさを痛感

 シドニーでのメインの活動として、私たちは、8名の現地企業人を招き、仕事へのやりがいを聞き、価値観を広げるための交流会を企画しました。それは簡単ではなく、まず、候補の人をインターネットで一から探してリサーチする必要がありました。渡航半年前からアイクマンさんと英語を使って、メールのやり取りやZOOM(ビデオ通話アプリ)で会議をするなど、このイベントを成功させるために準備をしてきました。
 ZOOM会議を提案する際は、日本とオーストラリアとの時差を考慮する必要があり、会議時間を正確にメールで伝えなければなりません。一見簡単なように思えますが、私たちはうまくそれを伝えられず、アイクマンさんを困惑させてしまうこともありました。準備期間には、想像以上の仕事の早さ、質の高さを求められ、何度もダメ出しを受けたことで海外の人と仕事をする感覚が自然と身に付き始めました。

▲アイクマンさんとのZOOM会議は、貴重な時間。常にメモをとり、一瞬も気が抜けない

私を変えた言葉

 私は、交流会でウェルカムスピーチを担当していました。しかし、自分の英語力に自信がありませんでした。不安の中、イベント直前にアイクマンさんからこんな言葉をもらいました。「英語をうまく話そうとしなくていい。大切なのは自分の情熱を伝えて話すこと!」私はこれを聞いて、「流暢な英語を完璧に話すことだけが、スピーチの成功ではない」と気づきました。

▲情熱を持つことの大切さを語るアイクマンさん

交流会での出来事

 「自分たちが日本で探し当てた企業人の方々が目の前にいる」その感動と情熱を乗せて素直にスピーチをした結果、企業人の方々から、拍手や歓声が起きました。その勢いであっという間に会は終わりました。そして後日、予定外にフートンさんの企業を訪問し、お話を聞く個人的な機会を得ることもできました。
 勇気を持って飛び込み、情熱をもって英語を話せば、留学経験のなかった私でも外国の人の心を動かすことができるのだと学びました。渡航前は不安ばかりでしたが、この経験のおかげで、日本でも外国の方を呼んでイベントを企画したり、一緒に仕事をしたりできるという自信がつきました。

▲真剣な眼差しで仕事への思いを語るフートンさん

▲ウェルカムスピーチで思い切って、情熱を言葉に乗せる

-日本人との企業人交流会-

経済学部 経営情報学科 3年
 岡部 凜星

不安でいっぱいだった交流会前

 全ては自分次第でした。私はシドニーで働く日本人との交流会を企画、実際に参加し、この事に気づくことが出来ました。私たちは企業人交流会に向けて出国の約半年前から準備をしてきました。企業人交流会は現地で働く方々との交流を通して、仕事への視野を広げるというものです。普段から意見を言うのが苦手だった私は、チームで準備を進める中でもあまりアイデアを出せずにいました。この時は、こんなに消極的な私が交流会で発言できるのだろうかと不安ばかりで、交流会を楽しめている自分を想像できずにいました。

交流会当日

 当初は『自分の考えた質問だけをしよう』という気持ちでいましたが、この気持ちは交流会が終わる頃には大きく変化していることに気づきました。

「オーストラリアでは転職はステップアップとして考えられているから、前職より良い仕事に就ける事が多いんだよ」
「たとえ上司でも嫌なことは拒否するし、それで関係が悪くなる事はないよ」
                 
など、日本とは違う働き方についての話を聞き、とても刺激を受けました。斉藤さん、石井さんは日本での仕事を辞め、オーストラリアで以前と異なる業界で働いています。私には『一度日本で就職した後に、その仕事を辞めて海外で1からのスタートをする』という行動力がとても大きく感じられ、圧倒されたと同時に、もっと話を聞きたいという気持ちが大きくなっていきました。今ここでしか聞くことができないという思いが背中を押し、私は一歩踏み出して準備していた質問だけではなく、その場で感じた事や自分の考えを伝えることができました。そこには、交流会を自然と楽しめている自分がいました。

▲貴重な話を聞き逃さないようにみんな真剣

シドニーで輝く

 シドニーでアクティブに働く日本人の方々は自分の意見を持ち、積極的に行動していました。自信を持って語っている姿はキラキラと輝いて見えました。私も自分の殻を破ることで想像していた景色とはまるで違った景色を見ることができました。以前の消極的な私は失敗を恐れてばかりいました。しかし、少し積極的になり、緊張や失敗も含めてその場の雰囲気を楽しむ事で、景色がとても明るく見えたのです。企業人交流会は、行動することの大切さ、どんな時も自分次第で楽しみを見つける事が出来るという事を教えてくれました。そして、ここでの出会い、経験を通してこの先も恐れずに行動し、世界に出ることで自分の可能性を広げていきたいという思いが強くなりました。

▲時間とともにリラックス、笑顔も増える

ゲストスピーカーの方々

斉藤恵子さん

 オーストラリア最大の航空会社、カンタス航空の国際線客室乗務員。カンタスはオーストラリアで最も成功しているブランドの1つである。
  

井上雅博さん

 サザントラベルネットのゼネラルマネージャー。設立40年以上の業界老舗。オーストラリアとニュジーランドの観光を専門とするツアーオペレーターとして働いている。

 

藤島安菜さん

 世界4大会計事務所であるデロイト・トウシュ・トーマツのメンバーファームである、デロイトオーストラリアでシニアアナリストとして働いている。

石井ゆり子さん

 日豪プレスの副編集長。オーストラリア最大規模の日本語出版社である。政治・経済からエンターテイメント情報まで「オーストラリアの今」を伝えている。

 

-シドニーでの企業人交流会-

経済学部 経済法学科 3年
 赤石 果蓮

あなたは、将来の夢を聞かれたら何と答えますか?

 こう聞かれたら、自分がなりたい職業を答える人が多いのではないでしょうか。私も渡航前は、「入国審査官になりたい」と答えていたかと思います。しかし、この答えはオーストラリアで働く皆さんとの出会いによって大きく変化しました。

企業人交流会は、語り合いによって知識を広げることで自分の興味関心を広げ、将来の夢をより明確にするというという企画で、2日間にわたり行いました。半年前からビジネス用のSNSであるLinkedInや現地の会社のページをリサーチするなどを根気よく続け、選び出した人たちは100人以上。そのリストを絞り込み、私たちの趣旨に賛同した8人のうち、2日目は4人の方に来ていただけました。

ものの考え方が180度変わった瞬間

 オーストラリアでツアーガイドをしているスコット・リケッツさんとの出会いは、私の仕事に対する価値観に変化をもたらしました。彼は、自分の仕事に誇りを持っていると話していました。誇りを持てる仕事とはどんな仕事なのか尋ねたら、「僕がお客様とするコミュニケーションは賢いAIには替わり得ないと思う。そこに、誇りを持っているんだ。君は、AIでもできてしまうような仕事がしたいかい?」と聞き返されました。その瞬間、私と彼の仕事に対する意識の違いに驚き、すぐに返事ができませんでした。それまでの私は、より早く確実に自分に与えられたことをこなすことこそに価値があると信じてきました。しかしそれは、人間でなくともできることだと気づきました。日本にいたとき一色だった20年分の価値観がオーストラリアでカラフルになり始めたのです。

▲時間を忘れて話し込む。自然と姿勢が前のめりに。

現在の私の答え

 私は、もちろん今まで築いてきた自分の価値観も大切にしたいです。しかし、それに囚われるのはあまりにももったいないと気づきました。様々な考え方を受け入れる姿勢を持つことで、自分の価値観がより豊かになりました。今、将来の夢を聞かれたら、「入国審査官になって、自分にしかできない仕事への向き合い方をしたい」というビジョンを答えます。この交流会は私の生き方も変化させるような、人生の決定的な一コマでした。

▲交流後のフリートーク、あたたかい雰囲気が続く。

ゲストスピーカーの方々

Mr. Scott Hudson (スコット・ハドソンさん)

 Western Sydney Wanderers FC(オーストラリアのプロサッカーチーム)の営業マネージャー。多くの子どもたちにサッカーに興味を持ってもらうためのイベントを開くなど、チームの認知度を上げる活動を主に行う。

Mr. Scott Ricketts (スコット・リケッツさん)

 旅行会社Your Sydney Guideの設立者であり、オーナー。国外からの旅行者にシドニーの美しいビーチや世界遺産を個人ツアーとして提供する。
  

 

Mr. Mark Taylor (マーク・テイラーさん)

 シドニーのハーバーブリッジに隣接するひときわ目立つ遊園地、Luna Park Sydneyで働く旅行事業マネージャー。

Ms. Meg Hooton (メグ・フートンさん)

 シドニーオリンピックの際に作られたSydney Showgroundというイベント会社で、事業開発マネージャーとして働いている。

 

経済学部 経済法学科 3年
 荒瀬 将貴

 私たちはシドニー大学でSTEM教育と21世紀型スキル*の第一人者であるジュディー・アンダーソン先生とお会いしました。STEM教育は科学・技術・工学・数学の分野を土台とした先駆的な教育です。渡航数か月前に、海外事情のメンバーの堀内君が、アンダーソン先生の論文「大学研究チームが現場で行うSTEMカリキュラム支援」を見つけ、私たちも興味を持ちました。そこで、英語でセッション依頼のメールを送り、念願叶って先生とお会いすることができました。

* 21世紀型スキル・・・21世紀に必要となる考え方、働き方、働くための道具の使い方、世界での生き方をまとめた複数のスキルの総称。(例えば、コミュニケーション、チームワーク、クリティカルシンキング、ICTリテラシーなど)

セッション・最高の瞬間

 私は話を聞き漏らさないように集中していました。その時、難しい英語の中に聞き覚えのあるフレーズが私の中に入ってきました。それは、communication, teamwork, critical thinkingだったと思います。私は事前に読んだ論文から、それらがまさに『21世紀型スキル』であると確信し、勇気を出して手を挙げ、私の理解が正しいかを確認しました。すると「よく読んでいるね。あなたはマサキですね。すばらしいわ!」と先生が言い、一番に名前を覚えてもらいました。海外事情のメンバーからは「ナイスホームランだね!」と言われ、私の心情は爽快感と達成感でいっぱいになり、先生ともっとお話をしたいと思いました。

▲21世紀型スキルであると気づき、アンダーソン先生に質問

▲場の空気が変わり、アンダーソン先生の話にも熱が入る

アンダーソン先生のSTEM教育

 アンダーソン先生は、STEM教育を小さい頃から受けるのが大切だと言います。「児童たちが、気候変動などの課題をグループで取り組むことで、21世紀型スキルを習得できる」ということでした。また、先生が関わっていたプロジェクトで、廃材を使って図書館をデザインした小学生チームの話など、アイデアを生み出す教育にとても感銘を受けました。

▲休憩時間も質問が続き、盛り上がる

セッションを終えて

 このセッションは私に大きな自信を与えてくれました。今まで私は、英語のコミュニケーションでたくさん失敗し、何度も悔しい思いをしました。だからこそ、会いたかった先生とのセッションで、ただうなずいて話を聞いたり、質問をするだけではなく、その場でとっさに話を発展させるホームラン的な発言ができたことは本当に爽快でした。この経験を活かし、これからも失敗を恐れず、日本語でも英語でもチャレンジをし続けていきます。

-Dr.Victoria Rawlings-

経済学部 経済法学科 3年
 飛岡 健

 ビクトリア・ローリングス先生はシドニー大学でジェンダー教育・LGBTQの若者への差別やいじめについて研究しています。私たちと彼女の繋がりは、シドニーに行く前から始まりました。

初めての出会い - ローリングス先生を北星に招待 -

 2019年1月、海外事情の1学年上の先輩が、以前シドニーでお世話になったローリングス先生との公開講座企画をたて、北星に一週間お招きしました。その時、私たちは先生に初めて会いました。私たち渡航前の2年生は「LGBTQ教育」のランチセッション企画の担当でした。打ち合わせの時「企画をちゃんと説明できるだろうか」と不安になりました。しかしそれは杞憂でした。先生は最初から私たちと対等に接し、不安な私の心に寄り添うように話してくれたのです。初めて会う、それも日本語を話せない先生のはずなのに、会話を少しするだけでまるで昔から私のことを知っている人のように感じました。

▲北星での一週間を終えてパーティ。一か月後にシドニーで再会する

シドニーでの再会、そして学びを広げる

 渡航後、ローリングス先生とは大学のフットボールグラウンドで再会しました。北星で長時間のセッションはすでにしてもらったので、シドニーでは、オーストラリアンフットボールのプロリーグ(AFL)で審判をしている先生からフットボールを教えてもらい、パブでカジュアルに交流会をするだけの予定でした。
 この日が先生と会う最後の機会だと思った私たちは、パブで先生の研究についての質問をたくさんしました。すると、私たちの学びたいという気持ちに応え、先生は「みんなの質問に答えるためにはもっと時間が必要だね」と、多忙にも関わらず後日改めて2時間のセッションを設けてくれたのです。

▲女性でプロリーグの審判はローリングス先生が歴史上2人目。ベストアンパイア賞も受賞している

▲先生行きつけのパブにて

もやもやした気持ちが晴れた、海外事情最後のセッション

 急遽実現したローリングス先生とのセッション。この時、私たちは心の中に葛藤を抱えていました。渡航前は、オーストラリアは多様性の国で、寛容な土壌ができていると思っていました。しかし3週間で見た現実は複雑でした。私たちは、現地の人々と交流する中で、想像していたよりずっと緊張した多文化社会の課題があると知りました。

「共存は、互いがアクションを起こし、干渉してこそ実現する」という考えと、「多様性への尊重とは、結局は相手に干渉しないことを指すのではないか」という、二つの相反する考えが頭の中に併存し、私たちは混乱していました。そのもやもやした気持ちや疑問を事前に全く伝えていないのに、先生は答えを分かっているかのように、一つの資料にまとめてくれていたのです。

その資料とは、LGBTQの人に感じる嫌悪感・差別意識を段階別にしたスケールでした。先生は、差別してしまう人はスケールの最初の段階だという説明をしてくれました。人の感情は成熟するものであり、多くの人はその発展途上にあるのだと教わりました。スケールを段階的に上げていくには、アクションを起こすしかない。つまり、干渉をしなければ、憎しみや、「上から目線の寛容」の先の段階へは進歩することができない。この結論をもらえた時、教室中の霧が晴れたような感覚になりました。

▲学生の疑問に真剣に耳を傾けるローリングス先生

私の現在地とロールモデル

 行動、言葉などを含め、先生の人間性全てから、私は「他者と対等に共存する方法」を学びました。先生は私の人生のロールモデルです。そのモデルに一歩でも近づきたいと考えていますが、私はまだまだ発展途上です。同じ日本人同士でも、自分とは違った考えを持つ人に寛容になることができず、反省することがあります。先生のように、たとえ生まれ育った背景が違っていても、他者を理解し、思いを言語化できる人間になりたいと強く思った出会いでした。

▲総まとめとなったセッション。迷いが吹っ切れ教室の雰囲気も明るくなった

-Is It Really True?-

文学部 心理・応用コミュニケーション学科 3年
 堀内 敬太

 忘れられない出会いとして真っ先に思い浮かぶのは、ティモシー・ロリー先生です。彼は、シドニー工科大学で文化論、ジェンダー、セクシュアリティに関する研究をされている先生です。ロリー先生からはオーストラリアのメディアで流れた同性婚容認に向けた広報動画の一例を紹介しつつ、その広報活動の良いところだけでない、問題点も教えていただきました。

▲メディアが伝える「ジェンダー」について語るロリー先生

覆される感情

 セッションでロリー先生が見せてくれた動画は、ゲイのカップルの結婚までの様子を描いたものでした。その動画はクライマックスまでは登場人物の片方の性別が映されず、当然異性カップルのはずという前提で見ていると、ラストシーンでプロポーズの瞬間にゲイのカップルであることがわかり、「Love is Love」という文字が映し出されました。「異性愛も同性愛も、純粋な愛であることに変わりない。だから同性婚を認めよう」というメッセージが込められていました。それを見たときに私は、「なんて素敵な動画なのだろう!」と思っていましたが、その感情は先生の話ですぐに覆されました。先生はこのように説明しました。
 「動画は異性愛のロマンティックな恋愛模様を描いているが、そのような異性愛の典型例に無理して寄せてアピールしないと同性婚が認められない。そこに問題があります。『自分達マジョリティーと同じ種類の愛なのだから、認めよう』というメッセージを送るのは安易な選択です。ここでは『異性愛と違う愛の形も尊重する』という認識が抜け落ちています」

▲動画の最後に出た「Love Is Love」

ロリー先生と出会えたから

 ロリー先生の語るメディアとその影響に対する見方は、私が持ち合わせていなかったものでした。英語での質疑を繰り返し、難しい説明を聞き取ることは容易にはできませんでした。しかし必死に食らいついていったことで、マイノリティーとマジョリティーの力関係を多面的にみる力がついたと実感しています。シドニーでのこの出会いは、同性婚に限らず様々なマイノリティーの権利と主張への見方を変えました。

-垣間見える人生のストーリー-

経済学部 経済情報学科 3年
 川口 紗奈

マルディグラ

 私たちはシドニーで世界最大級のLGBTQのパレード「マルディグラ」を観覧し、始まる前には参加者へのインタビューも行いました。マルディグラは州警察や企業・大学の団体等の197チームが参加している非常に大規模なイベントであり、なかには外国から参加している方々もいます。2019年のマルディグラでは世界各国から50万人以上の人々がパレードを観覧しにきていました。マルディグラの起源は1978年に行われたLGBTQの存在を否定する社会に対するデモ行進でした。しかしLGBTQの権利や多様な生き方が認められ始めた現在、パレード参加者は華やかな衣装に包まれ、山車も派手で大掛かりなものであり、老若男女問わず多くの方々が参加しています。

▲パレード参加者へ参加した経緯などをインタビューした

様々な人生のストーリー

 沿道でパレードを見ている方はLGBTQの方も多く私たちの両隣はどちらもゲイカップルでした。右隣にいたのはおじいちゃん同士のカップルで、権利を訴えるプラカードを持ったチームを目の前にして、涙ぐんで顔を見合わせ微笑んだり、肩を抱いて話していたりしていました。また、思い入れのあるチームには立ち上がって手を振ったり、参加者だけでなく、見に来た人々にも様々な人生のストーリーがあるのだと思いました。
マルディグラは色々な考えを持つ人がいるということを体現しているのだと感じることができました。

▲LGBTQの象徴であるレインボーカラーの衣装をまとったパレード参加者

LGBTQの友人にできること

 もしかしたら私の友人にもLGBTQだとカミングアウトしたいけど、言うのが怖いと思っている人がいるかもしれません。私はマルディグラのパレード開始前、ある参加者に「もし、当事者の友人がいたら、私はどのようなことができるだろうか」と質問する機会がありました。すると彼らは「ただ話を聞いてあげる」「ハグをする」「LGBTQの人でも、そうではなくてもお互いを尊重することが大切だよ」と答えてくれました。
 以前はLGBTQの人々について、私は偏見を持っていないし、理解もあるのだと、おごった考えを持っていました。しかし沿道のおじいちゃんカップルや勇気を出してパレードを練り歩いている参加者を見て私たちが想像もできていなかったほどの彼らの心の叫びを感じることができ、彼らが普通に暮らしているように見えても実は、訴えたいことがあったりするのかもしれないのだと思いました。様々な視点から物事を見ていかなければならないと改めて気づかされました。今はLGBTQに対して、日本でも社会レベルでの理解が進み、制度的にもより多様な人権を認める風潮がより一層広まっていったら良いなと願っています。

▲パレードを練り歩く参加者

▲パレード終了後沿道の人々も交え記念撮影

文学部 心理・応用コミュニケーション学科 3年
 工藤 陽向

やりたいことがわからない私

 以前の私は、正直やりたいことがありませんでした。そんな私にとって、海外事情はやりたいことをみつけるという目標がありました。
 シドニー渡航後すぐに、私は焦りを感じた場面に出会いました。それは現地講師とのミーティングでした。「私は教育に興味があり、校長先生になるという目標がある」と現地講師に伝えた教員志望の仲間が、数日後にシドニー市内の中等学校へ訪問する機会を手に入れたのです。
 同じ条件で同じ土俵にいるはずの仲間があっという間にチャンスを掴む姿に、私は焦りを感じました。また、将来の目標がはっきりしている仲間は、シドニー滞在中もどんどんと様々な機会を得て、もっと遠くのステージへ行くのだろうと思いました。

▲現地講師とのミーティング場所

チャンスを掴もうと決心

 その日の夜、海外事情の引率教員である西原先生に、「私はやりたいことがなく、それの見つけ方がわからない。私はその見つけ方が知りたい。私は今までの人生をなんとなく生きてきた。そんな自分を変えたい」と、自分の本音を赤裸々に伝えました。これがきっかけで、本来は自分が参加できなかったインタビュー活動への許可が出ました。そして当日、ホテルでインタビューをしようという流れになりました。
 実を言うと、私はホテル業界の仕事には興味がなく、質問も当然思いつかずにその場で立ち尽くしていました。しかし、考えるうちにホテルスタッフと私のアルバイト先であるカフェには、どちらにも『接客』という共通点があることに気づきました。この気付きを得るまで興味が全くなかったはずなのに、自分が別人に生まれ変わったかのように、「海外の人が考えるホスピタリティは、日本とはどう違うのだろう」と興味が広がりはじめ、帰国後の自分に何か活かせるものはないかと考え、貪欲にインタビューしました。インタビューの内容に、何か新しい発見があったわけではありませんでした。しかし、受け身であった自分と決別し、行動したことで、今まで単なる日常にあった様々な『点』が、『線』となり、繋がり始めました。気がつけば私はホテルスタッフの話を、バイト先で海外のお客様の接客をしている自分と繋げながら聞いていました。遠くにあった「興味」が、一気に向こうから自分の目の前に近づいてきたような、今までにない感覚を味わいました。

▲突撃インタビュー

行動することが物事の見方を変える

 正直に言えば今も私は「これ」というやりたいことが決まっていません。しかし、渡航前と後で大きく違うのは、行動することで点と点を繋げられるようになったということです。行動することが興味を広げ、やりたいことをみつけることに繋がるのです。私は海外事情の経験を活かし、将来に向けて本当に「やりたいこと」の選択肢を探し続けています。

1 / 41234

 

アクセス
お問い合わせ
PAGE TOP