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今も、そしてこれからもつながっていく経験

経済学部 経済学科 3年
 中出 亘

多国籍な学生の中で

▲韓国人のクラスメイト(写真右)

私は語学学校のクラスで、韓国やロシア、台湾、コロンビア、タイといった色々な国から来た学生たちと一緒に学びました。みんなそれぞれ英語のイントネーションや話す速度が違い、戸惑うことも多々ありましたが、全員の仲が良くフレンドリーな雰囲気で、私もたくさん会話を楽しみました。ランチタイムには、数名のクラスメイトと一緒にサンドウィッチや弁当などを買ってランチをしたりもしました。授業では、先生によるライティングやグラマー、リスニングの授業だけでなく、好きな教科や家族についてなどの提示されたお題でのクラスメイトとの会話や、外でのフィールドワークもあり、授業外でもよく話すようになったクラスメイトもいました。また、先生が時々ジョークをかませて場を沸かせたり、昨日どこに行ったか、何か良いことがあったかなどの日常会話をしたりと、先生と学生との距離がとても近く感じました。

世界に広がるconnection

▲フレンドリーな先生と

私はIntermediate(中級)のレベルのクラスを受けましたが、クラス全体のレベルが高く、最初は皆が何を言っているのかよくわからずとても不安な気持ちでした。しかし、皆との会話を重ねるごとにだんだん理解できるようになり、英語や英会話の楽しさを感じるようになってきました。私たちは、午後はほぼ毎日プロジェクト活動があったので、語学学校での授業は午前中のみでした。そのような授業の受け方はイレギュラーのようでしたが、先生が次の日までの宿題を午前中に出したり、クラスメイトが前日の午後にやったことを教えてくれたりして助けてくれました。最終日には、私を含めみんなが別れを惜しみながら、連絡先を交換したり、写真を取り合ったりして最後まで楽しく過ごせました。

今やるべきことをやる

私が最も印象に残ったことは、多くのクラスメイトが母国で職についており、職場に英語が必要であるという理由で留学していたことです。日本も含めどの国でも社会に出てから英語を必要とすることがあるのだ、とリアルに実感したのは初めてでした。そして、日本では就職してから留学することは珍しいのに対し、他の国ではそれがほぼ当たり前のようにされていることを知りました。日本では、就職すると自分の語学のスキルアップのために費やす時間が限られており、留学することが困難です。ですので、私は在学中に英語の勉強や知識の獲得など社会人になる前にできることから少しずつでもこなして行くべきと感じています。また、卒業してからも日本の常識に囚われず、外に目を向け続ける自分でいたいと思っています。

Australian Pacific College

経済学部 経営情報学科 3年
 塚崎 菜々

都心のキャンパスライフ

▲APCのエントランス

オーストラリア・パシフィック・カレッジ(以下APC)は、7つのキャンパスに分かれています。私たちが3週間過ごしたシドニーのケントストリートキャンパスは、最寄りの地下鉄ウィンヤード駅から徒歩5分の所にありました。この駅は大きな駅であり、地上へ行く途中にショッピングモールが併設されているほどでした。朝はパン屋さんの前に朝食を求める人たちの行列が連なっており、道行く人はコーヒー片手に通勤、通学していました。駅から出ると高層ビルが多く、中学生や高校生、ビジネスマンなどたくさんの人とすれ違う、いつも賑わっていたエリアでした。APCは専門学校で、その中で英語コースは5つに分かれており、私たちは渡航前にWeb上で行われる入学前試験を受験しそれぞれのレベルに合うクラスへ振り分けられました。どのクラスも多種多様な国籍のクラスメイトで編成されている10~15名ほどの少人数のクラスで、私たちを含め日本人が1、2名という環境でした。このほかにも、マーケティングやホスピタリティなど専門的な知識を学べるコースも展開されていました。

授業外で交流のチャンスも

▲話し合いなどを行ったフリースペース コモンルーム

お昼休みや休憩の時間には学校の建物内や外のカフェへ行って昼食を取ったり、キャンパス内にあるコモンルームという休憩所で語学クラスの垣根を越えて友達としゃべりながら過ごしたり、お互いの国の言葉や流行を教え合ったりなど、様々な人と触れ合える環境がありました。
ある日の朝、始業前に学校に早く着きすぎてしまったとき休憩所にいた私は、たまたま近くに座っていたブラジル人の男の子に話しかけました。私が日本人であることを話すと、彼は母国で日本人の女性が日本語を教えてくれて、その先生がとても優しかったことから、日本人に良い印象を抱いているという話をしてくれました。彼とは違うクラスでしたが、すれ違う時に挨拶する仲になり、どこにでも英語を話すチャンス、友達になれるチャンスは転がっているのだと感じました。また、APCのスタッフの方々はとても親切で、マーケティングやホスピタリティの先生にお会いする企画も一緒に立てて下さいました。周りの方々の協力もあり、充実した時間を過ごせました。

参考資料:Australian Pacific college 公式HP

大学生との交流会~シドニー大学での1週間を振り返って~

LINKプロジェクトメンバーでシドニー大学での学生交流会について、座談会で振り返りました。

座談会メンバー

  • 福祉心理学科3年 浅沼 百花(以下:浅)
  • 福祉心理学科3年 堀 海香子(以下:堀)
  • 心理・応用コミュニケーション学科3年 寺戸 楓(以下:寺)
  • 心理・応用コミュニケーション学科3年 鈴木 菜津子(以下:鈴)

Part1 多文化共生について

▲緑あふれる大学

浅:シドニー大学では学生とも交流したよね。その中で印象的だったのは?

鈴:多文化共生の弱点について。インドネシア出身の学生とディスカッションした時に、彼女が「何が正しくて、何が間違っているかわからなくなる」と答えていたことかな。札幌には異文化コミュニティーが少ないし、異文化の人はマジョリティーに同化している雰囲気があると思う。彼女の言葉は様々な人種や宗教などが入り混じっているシドニーで生きているからこそ感じるものだと思ったな。

浅:確かにそうかもね。

鈴:あと、シドニーでは多国籍のレストランが並んでいるけど、オーストラリアならではの食事はないということに驚いた。そして、オーストラリアの伝統という話題になった時に、アボリジニの話は出てこなかったよね。ここは北海道におけるアイヌの存在位置と似ている気がする。

堀:うん。あと、交流した大学生はエスニックマイノリティの子が多かったよね。だからこそ、つらい経験のエピソードとか、彼らの考えを聞きたかったんだけど、でも、聞けなかった。

寺:えっ、どうして?

堀:たぶん、渡航前に先生から「みんなが想像するオーストラリア人像とは違い、見た目はアジア系の人も多いし、いろいろな背景があるんだよ。」という話を聞いていたこともあって、私の意図しないところで差別をしてしまう可能性があるかなと思ったんだよね。

▲多国籍な学生で賑わう卒業式

寺:なるほど。

鈴:この交流会を踏まえて、日本はどうあるべきだと思った?

浅:多文化共生については、複雑だけど…賛成。違いを受け入れられる社会って良いよね。シドニーで私たちは色目で見られることはなかったけれど、日本の、外国人を珍しい目で見るあの感じは少し居心地が悪いと思う。もし日本も多文化共生社会を目指すなら、私たちと違う人がいて、それが普通だ、ということを教育するべきだと思う。

堀:そうだね。色々な考えを持つ人が集まるから、ぶつかり合うことで問題が生じるかもしれないし。だから、外国語教育だけじゃなくて、外国語を話す人、さまざまな宗教を持つ人への対応とか、より多くの配慮をする必要がある気がするな。

 

Part2 オーストラリアの学生から学んだこと

▲大学の教室で学生とディスカッション

鈴:じゃあ次に、オーストラリア人と日本人を比べてみて感じたことは?

堀:私は大学生交流会の担当者だったので、ディスカッションの前に、当日の流れを現地のリーダーと相談することがあったんだ。話し合いが難航したとき、彼女はすごくはっきりと、「こちらが良いと思う。なぜなら…」というふうに答えてくれた。

鈴:ああ、ルネイさんだよね。

堀:うん。そのおかげで話し合いが解決に向かっていったんだ。話し合いの時によく結論が決まらず、滞ることってない?それって自分の意見を言うけれど、それ以上に周囲を気にしてるからじゃないかな。彼女みたいに、自分の意見を根拠も含めて、論理的に話せる人の存在って大事だと思った。

浅:日本人は周囲を気にして、「私はこう思う、けどみんなは違うかな」と語尾を濁すことがあるよね。でも一方では、意見に正解はないのに、正解を求めたり、キレイにまとめることが好きな面もあるよね。例えば、日本人の字は角ばってて、きれいで、見やすいところとか。それはそういう教育をされてきたからだよね。

鈴:たしかに、そういうところもあるかも。友達が高校生のとき壁新聞の展示会で、字がどれだけきれいに書けるか評価をされた話を聞いた。でも字はあまりきれいではないけれど、内容がしっかりしている人も評価されるべきだと私は思う。シドニー大学の学生の字って、まさに、内容を整理するための字だったと思う。確かに、見た目をキレイにすることは大切なことだけど、相手に自分の意見を伝えようとがむしゃらに頑張ることも大切だなって感じた。

寺:現地の人ってガツガツと聞いてくることが多かった。「何でここに来たの?」と聞かれて「英語や異文化を学びたいから」と答えると、「それって日本でもできるよね?」って、またつっこまれる。

▲盛り上がる議論をうまくまとめる司会者たち

堀:わかる。私も語学学校でそんな経験があったな。

寺:答えられないでいると相手が勝手にまとめたり、「じゃあ何が言いたいの」って言われたり。自分のことを話しているはずなのに、突っ込まれ続けると、押されて答えらない。最後まで自分のペースに持っていけないのがとても悔しかった。

堀:そうなんだ。

寺:でもこの経験をしたからこそ、お互いに心地よいペースって何だろうって考えるようになった。たとえば、道に迷っている外国人観光客に道案内をする時。これは、外国で第一言語じゃない言語を話すもどかしい気持ちを知ったから、できるようになったことだと思う。それからはもう恐れるものはない!って感じにコミュニケーションをとっている。

鈴:みんな、この23日間での経験を通していろんなことを考えさせられたよね。私たちがこれから社会に出ていったときに、手に入れた知識、視点、スキルをフル活用していけたらいいね。

浅:そうだね!23日間で終わりじゃなくて、成長し続ける私たちでありたい。

経済学部 経済学科 3年
 中出 亘

世界最大のLGBTパレード

▲”SAY YES TO LOVE”のメッセージを掲げるシドニー市の職員チーム

シドニーは、色々な国籍、人種だけでなくLGBT(レズビアン、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダー)の人たちに対する差別問題の解決に積極的に取り組んでいる街です。マルディグラという行事は、州政府や市民がLGBTの権利を認めていることを祝福するお祭りとなっています。また最終日のパレードは、LGBT当事者がまだ残る偏見との戦いや平等を強く訴える場でもあります。ここまで戦い続けてきたオーストラリアのLGBTの人たちの考え方、市民の多様性への取り組み、社会的包摂について、日本と比較するために、私たちはマルディグラのパレードに行こうと決めました。

街がカラフルになる1日

▲パレード前のANZ(オーストラリアニュージーランド銀行)職員のチーム

マルディグラについて調べていくうちに、パレードの歴史や人々の取り組みなどを、直接インタビューをしたいと思うようになりました。そこで、私たちは日本にいる間に、マルディグラのスタッフの方とコンタクトを取ろうと様々な方法で試みました。しかしなかなか上手くいかず、色々と考えた結果、パレードの前に参加者やサポーターの方たちにインタビューをすることにしました。パレードには州警察チームや国内最大手の銀行、シドニー大学など各種団体も参加しており、みんな華やかな衣装を身にまとっていました。一週間前から街中にレインボーの旗(LGBTのシンボル)が飾られており、パレードの時にはストリートはもちろん、近所のマンションから旗を振っている人たちも多数いて、シドニーの街全体がLGBTの権利の獲得を祝福している、という印象を受けました。

We are the Next Generation!!

▲当事者の方へのインタビュー

私がインタビューをして印象に残ったことは、黒い衣装を身にまとったパレード参加者の年配の女性(写真右の女性)が語って下さったことです。
「あなたたちは『次の世代』。政府には世界は変えられない。この世界を変えられるのは、『次の世代』の人だけ。だから、あなたたちが世界を変えなさい!」という言葉でした。

▲1人でインタビューに挑戦

札幌も、実は目を向けると、レインボーマーチというパレードや、パートナーシップ制度を開始するなど、当事者が住みやすい社会づくりへの動きも見られます。しかし、それでもなお、LGBTに対する偏見、いじめ、社会的障壁があります。それに立ち向かうためには、まず、私たちが「世界には、シドニーのようにこれらの問題に立ち向かい続けている街があるのだ」と気づくことが重要だと思います。そして、「このような問題は重すぎて、変えようがない」などと思わず、世界を足元からでも変えようと強く思うことではないでしょうか。
私は、インタビューで出会った人たちとの会話を忘れず、自分と異なる人たちを純粋に一人の人間として受け入れることのできる人間でありたいです。

多くの気付きをくれた語学クラス

経済学部 経営情報学科  3年
 塚崎 菜々

衝撃の連続、そして撃沈

私は、日本の大学生がいきなり入ることは少ないといわれているUpper-Intermediate(中上級)のクラスで3週間過ごしました。クラスメイトはアジア、ヨーロッパなど様々な地域の学生で、グローバルな雰囲気に圧倒されてしまい、英語にある程度自信があった私でしたが、未熟さを感じることが多くありました。
中でも、自分の力不足を痛感した出来事として「あなたは健康を維持するために何をしていますか」というお題でのディスカッションが印象に残っています。私は「毎日野菜を食べる」と平凡なことを言って、その後の会話が続きませんでした。しかし、相手は特別な体操について、体への効果などの情報を入れつつ延々と語りだしました。私のリアクションが薄いことを察知し、途中「知ってる?」と訊かれましたが、英語が全く聞き取れなかったせいで曖昧なリアクションをとり、その場をやり過ごしてしまいました。

悔しさをバネに変える

▲2週間の授業を終えて

その後も、私はクラスメイトに全くついていけず、意見を求められても言葉に詰まり何も話せませんでした。なんとか発言しようとしても薄い内容になり、クラスメイトから話を聞いてもらえないことも何度かあり、半泣き状態で学校に通った日もありました。しかし途中で、「この状況を変えたい」と思い、自分の意見を拙い英語でもとにかく伝えようと決意しました。まずは帰宅したら、教科書を予習しディスカッションに向けて自分の意見を整理することを習慣としました。そして、授業で先生が「日本だったらどうだ?」と話すチャンスをくれるときは、短くても自分の意見を細かく伝えることを心がけるようにしました。
ある日の授業で「赤ずきんのストーリーをリメイクする」というペアワークの時、私はストレートに「作業の内容がよくわからない」と伝えると、相手はジェスチャー等を加え説明してくれ、はっきりと相手の英語を理解することができました。小さな努力をコツコツと行ったことで自分のコミュニケーション力の変化を実感し、とても嬉しい気持ちになったのを覚えています。

わからなくても、自信がなくても、堂々と

このクラスで学んだことは言語の大切さ以上に、私の授業に参加する姿勢や態度、わからないことはわからないとはっきり訊く、自信がなくても堂々としていることで次のステップが見えてくるという、気持ちの面が大きいです。同時に、自分が知っている知識の幅が狭いことも痛感しました。無知な分野がたくさんあることに気づかされたので、帰ってきてからは少しずつですが新しい知識を得るために本や新聞を読むようになりました。
今後は世界中の広い地域の様々な問題や話題にも注目できるよう視野を広げ、自分なりの考えや意見を多角的に述べることが出来るようになりたいと考えています。

社会福祉学部 福祉心理学科  3年
 堀 海香子

「一人では変えられない流れも、みんなの力を合わせれば変わるんだ」-Dr. Low

▲心に残る話をしてくれたロウ先生

レミー・ロウ先生は、シドニー大学の教育ソーシャルワーク学部のティーチングフェロー(教員および研究者)であり、人種、宗教、ジェンダーを含めたアイデンティティと教育についての研究をしている方です。学部の最優秀教育賞などを受賞しているカリスマ的存在の方ということもあり、私は実際に会ってお話しする前まではとても身構えていました。しかし、初めてお会いしたときにさわやかな笑顔で握手して下さりとても魅力的な人だと感じ、セッションの時間がとても楽しみになりました。当日、先生は私たちとの時間の後にすぐにアボリジニの小学生とのプログラムが入っていたりと忙しいスケジュールでしたが、それでも私たちのために時間を割いていただきました。

準備時間が足りない!!

▲自分とは何か考えてみる

ロウ先生に会うことが決まったのは渡航する2週間前でした。海外事情メンバー全員でラーニングコモンズに集まり、先生がオーストラリアのメディアに出た時の動画をみたところ、話す英語が理解できず、焦りを感じました。私はロウ先生とのセッションのリーダーを務めていたこともあり、先生を失望させないような、そして私たちにとってためになる時間になるか、不安で仕方ありませんでした。それでも実りのある経験になるように、先生が教育問題について書いた論文を読んだり、当日する質問の内容を何度も作り直したりと、必死に準備を行いました。私たちは「なぜ人は差別を行うのか」「自分が教師という立場でいじめを発見したとき、どういう行動をとるべきなのか」などの質問を準備し、とにかく当日ぎりぎりまで英語の表現を変えたり、友達と質問のクオリティを確認したりしながら、不安の残ったままシドニー大学に行き、先生とお会いする時間を迎えました。その時、私が驚いたことがありました。それは、先生が話されている言葉を理解できるようになっていたことです。準備期間の勉強を含め、渡航後も英語をたくさん話す機会に触れ、毎日継続的に英語を学んだことで自分のリスニング能力が上がっていたのだと実感した瞬間でした。

「僕が学生のころは、自分のようなアジア人が教鞭を取るなんて、ありえない時代だった」

▲2時間の熱いセッションを終えて

「一人では変えられないことでも、多くの人が加わることによって大きなパワーとなり、変えることができる」ロウ先生が、強調してそうおっしゃっていたことがとても印象に残っています。 当たり前の言葉のように思えますが、実際にオーストラリア社会の変化の只中にいる先生の言葉はとても重みがありました。先生は「僕が学生の頃は、自分のようなアジア人が大学に入って、しかも教鞭をとるなんてありえない話だった」と語り、それは私たちの心を動かしました。このお話を聞いて、当たり前のように根付く差別の現状を変えることは非常に難しいことであるけれど、大勢が力を合わせたなら、必ず何かを変えられるということをより理解できたような気がしました。
私たちは、今の自分の環境に満足していなければ、改善を求めて動くことができます。それが少しずつ大きなパワーとなって世の中を変えることを学んだ私は、より良い生き方のために何が必要か、よりよい生き方とは何か、自分なりの意見を持っている存在でありたいと思いました。ロウ先生とのセッションは、準備期間と比べて自分の成長を感じた場でもあり、これからの自分の在り方や社会の在り方について学んだ忘れられない2時間となりました。

伝統あるキャンパスで得た発見-One Week in The University of Sydney-

社会福祉学部 福祉心理学科  3年
 宮本 茉冬

▲ランチ時には学生で賑うカフェ

シドニー大学は1850年に設立された最古の公立大学です。市街の南西にメインキャンパスを持ち、大学付近のブロードウェイストリートには様々な国の飲食店が立ち並び、多くの学生が利用していました。シドニー大学の学生のカリンが「日本食はヘルシーで美味しいので大好きだが、安くはないので頻繁には食べない」と言っていました。周辺エリアが一つの大きな大学街になっていて、ランチやディナーの時間はどのレストランもカフェも賑わっていました

大学生のための充実した環境

▲ひと際異彩を放つアートトンネル

キャンパスはシドニーグレートホール(下の写真)や博物館などの歴史的建物に目を引かれました。グレートホールは何度目にしても飽きることがなく、国内最古の歴史を持っていることを象徴するような美しく壮大な建築物でした。
また、様々なタイプのカフェや複数の図書館など学業に集中できる施設のほかに、アートトンネル(左の写真)などの前衛的な空間もあり、伝統と革新を感じる魅力的なキャンパスでした。

歴史ある建物での1週間

▲歴史の重みを感じるグレートホール

シドニー大学での1週間は短いものでしたが、毎日とても密度が濃く、刺激的でした。先生たちとのセッションや学生との交流を通し、ここで教える人達,学ぶ人達の問題意識の高さや日本で大学生活を送るだけでは知りえなかった視点 を学び、それらは私の心に大きな疑問を持たせてくれました。
シドニー大学は私たちと同年代の人だけではなく、年配の人、国籍を問わず様々な人がおり、多国籍国家であるオーストラリアを象徴するような大学だと感じました。

A Day in Taronga Zoo

経済学部 経済法学科 3年
 西巻 遥太

私たちがこのプロジェクトを企画したきっかけは、「オーストラリアに行くからにはコアラやカンガルーに会いたい!」という典型的な動機からでした。国内最大級の動物園であるタロンガ動物園がシドニーにあると知り、調べて行くと、去年で100周年を迎えた歴史ある施設であること、また、オーストラリア固有の動物はもちろんのこと世界各地の動物を飼育している世界的に有名な動物園だということがわかりました。

連絡が来ない!!けれど…

▲タロンガセンターの一画を借りてQ&Aセッション

タロンガ動物園はどの様にして今に至るのか?私たちは調べていく中で様々な興味や疑問を持つようになり、動物園の飼育員の方とメールでコンタクト
を取り、Q&Aセッションを依頼することに決めました。
飼育員の方や動物園の都合によりなかなか話し合いは進まず苦労しましたが、最終的には私たちの熱意が伝わり、特別セッションを含めた1日プログラムを組んでいただきました。

海を眺めて

▲バードショー会場も美しい景色が

「Taronga」とはオーストラリア先住民であるアボリジニの言葉で「美しい水の眺め」という意味だそうですが、実際に行ってみるとまさにその名の通りシドニー湾の景色も見え隠れして、散歩しているだけでとても気持ち良かったです。
日本では見ることのできない貴重な動物を飼育しており、私たちにとっては未知の動物の特徴や生態、飼育方法など飼育員の方にツアー形式で細かく説明していただきました。

思いがけずアボリジニの歴史を学ぶ

▲珍獣ポッサムと触れ合って…

1日のメインは、飼育員と教育スタッフのお二人とのQ&Aセッションでした。そこで私たちは、タロンガ動物園が語り継いでいる素晴らしいアボリジニのストーリーがあることを学びました。タロンガ動物園の職員の方々は、先住民族の人々とその精神こそがこの大地の本当の持ち主であると考えており、大地の恵みを思いやる彼らの伝統が、動物園の野生動物保護の精神によって受け継がれていることを知ることが出来ました。
最初は些細な動機から始まったこのプロジェクトでしたが、思いもよらない視点を与えてくれた機会でした。

プロジェクトを振り返って

この経験を通し、動物園の歴史や取り組みを学んだのは勿論のこと、このプロジェクトのリーダーを務めた私は、先生やメンバーの協力のもとで、渡航前から渡航中まで続いた飼育員の方とのメールのやり取りをし、それはビジネス英語のスキルアップにも繋がりました。通常の授業が忙しい中、海外事情の他の企画を進めながらも、自分の担当するこのプロジェクトを臨機応変に計画し進めていくことは大変でした。ですが、国を超えても根気強くコミュニケーションを続ければ、その努力は実る 、ということを身をもって感じた素晴らしい経験になりました。

文学部 心理・応用コミュニケーション学科 3年
 鈴木 菜津子

23日間の集大成!

▲ホテルから大学までの道のり

香港での交流会には西原先生のご友人のクリストさん夫妻とクリストさんの教え子で大学生のトムとケン、香港市内の企業で働くタミーとメロディが参加して下さいました。この交流会が3週間で最後のイベントであり、海外事情の集大成ともいえるものでした。他のプロジェクトは当日に向け事前に英語で質問を考えるなどの長い事前準備を行っていたのですが、この交流会ではそのようなことは行わず、この日までに培った自分たちの英語力やコミュニケーション力で交流会を進行しました。

国際都市・香港の若者の視線の先には世界

▲香港人ケンからのみんなへのエール

交流会は街の中心部である尖沙咀(チムサーチョイ)のレストランで行いました。私の隣に座ったタミーは香港の電通で働いています。彼女と私は香港の文化や習慣、そして現在の仕事や彼女が経験した就職活動について話をしました。そこで私は、香港では海外にインターンシップで行くことが一般的であると知りました。そして彼女自身も大学在学中にインタ-ンシップでメキシコに行ったと聞き、香港の多くの若者が世界に目を向けているという事実にとても驚きました。
海外にインターシップに行くことで、グローバルスタンダードを知り、価値観の異なる人と異なる文化で働くことによって視野を広げることができると彼女は語ってくれました。

海外に目を向けることの意味

▲一緒に将来について語ったタミー

日本では就職活動の一環としてインタ-ンシップに参加する学生は年々増加していますが、国内でのものがほとんどであり、海外で行われるものに参加する人はまだ非常に少ないのが現状です。しかし、交流会を通して国際都市である香港の同世代の実情に触れ、海外は教育や経済などあらゆる分野において学びがあり、新しい考えや知識を習得できる「自分が大きく成長できる場所」だということを感じました。特に同年代の香港の若者が世界に目を向けている姿は「日本人として負けていられない、もっと英語を学んで同じフィールドに立ちたい」と思わせてくれました。また、私は海外事情プログラムを通して海外に関わる企業に就職したいという気持ちがより強くなりました。この経験は今まで狭かった私の視野を大きく広げてくれたとともに外向き志向になる原動力を与えてくれました。

文学部 心理・応用コミュニケーション学科 3年
 寺戸 楓

平和について知る

▲講義のために予習中

香港では、明愛專上學院で現地学生に交じり講義を受けました。オーストラリアでも学生とディスカッションを行いましたが、ここでは大学の普段の講義に参加させていただくという貴重な経験をしました。「グローバルシディズンシップ」を担当するマーティン・リー先生から、事前に’Free Speech'という本の、一章分を丸ごと予習してくるように、という課題が出されていました。章の内容は、平和活動や文化の多様性についてでした。当日の講義では、その資料を基にいくつかのグループに分かれ活動していくのがメインでした。
平和の定義、重要さ、必要なことはなにかというお題のもとに英語でディスカッションを進めていきました。

言語の壁は超えられる

▲香港の大学生と一緒にディスカッション内容をグループ発表

彼らとコミュニケーションする方法が英語しかないので、うまく意思疎通ができないときがたびたびありました。
その時に相手の学生がお互いに広東語をよく話していたので、それがわからない自分にとって少し疎外感を感じました。だからこそ私は自分の母国語をこの場に持ち込むべきではないと思いました。沈黙を破るために英語で会話を続けようとすることや、ジェスチャーを使って必死に伝えようとしたことをよく覚えています。
お互いに話す言語や文化も違うだけで、年齢も変わらない中、着目点の違い、考え方にも幅があったと思います。彼らは常に自国と他国の比較を例に挙げていました。香港では、大学生も様々な国籍の人々と関わることが多く、一方、私たちはそういった機会があまりないなと改めて思いました。

どこの大学生も同じだと思っていた

私が一番びっくりしたのは、「最近あった身の回りのバイオレンスについて」という議題で、一人の女子学生が「アメリカの高校では中国人留学生の多くがアメリカ人に差別をされていると聞いた」と話したことです。また彼女も「中国人、香港人、台湾人はみな同じ」と言われ、差別された経験があると話しました。香港は中国の一部ですが、歴史的背景、母語は全く違います。彼女は「自分は香港人であるが中国人の要素もあるし・・」と話してくれ、それは印象的でした。私たち日本人にとって香港人のアイデンティティは、あまり馴染みがありません。私たちは日常生活で自分のアイデンティティを考えさせられることはないのに対し、彼らは普段からそれらに向き合い、それぞれが考えを持っているということが、彼らと交流して分かりました。
日本に住んでいるからといって自国の問題だけを考えるのではなく、グローバルな視点を持って世界的な問題や差別などについてももっと知る必要があると思いました。そうすることで、無知からくる差別や誤解は少なくできると感じた、香港での経験でした。

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