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社会福祉学部 福祉心理学科  3年
 堀 海香子

▲語学教育の国際比較を語るチア先生

ヤオ・トン・チア 先生はシンガポール、中国などのアジアの教育の歴史について研究されている方です。私たちとのセッションでは、比較教育学の視点からアジア各国とオーストラリアの教育の違いなどについて教えていただきました。私たちのシドニー大学での1週間のコーディネートを引き受けてくれたのもチア先生で、渡航までの半年間、私たちのプロジェクトのサポートをしてくださいました。海外事情の最後は香港に行くことを話すと、現地についてのアドバイスをいただけたりと、気さくに接してくださるチャーミングな方だったので、セッションではどんな話が聴けるかとてもワクワクしていました。

語学が可能性を広げる鍵

チア先生は、ご自身が北京語、広東語、英語を話せることが研究者としての強みであると話してくださいました。それは、多言語を使って色々な国の実態をリサーチすることができるからです。このことは、私も大学生として、自分の興味分野について調べるとき、英語を駆使することでその分野を深く理解できることにつながるのではないかと考えさせてくれました。語学スキルは社会に出てから自分の武器になるものだと考えていましたが、在学中、学びにおいてもそのことを生かす機会は探せばいくらでもあると、先生のお話をきっかけに思えるようになりました。

チア先生が気づかせてくれたこと

▲真剣なまなざしを送るチア先生

セッションでは、教育と経済との関係、アジアと西洋との教育の違いなどを幅広く尋ねました。教育と経済の関係では、日本は戦後の復興のための産業としてコンピュータやテクノロジーに注目したことから理数系の教育分野が進んだことを例にとって、教育と経済は、普段意識していないだけで、実は密接に絡み合っていることを説明してくださいました。また、オーストラリアの言語教育が多くの市民の母国語である英語に偏っており、マイノリティや隣国の言語であるアジア言語の教育が十分になされていないことなども教えていただきました。
日本の言語教育は、国際化が進む今日においても十分ではありません。言語教育が十分に行われていないことは、経済の遅れや様々な分野の研究の道が狭まることにもつながります。これらの問題点は、多言語を話すことができ、教育についての国際比較を研究してきた先生から話を聞けたからこそ気づけたことです。私の専攻である心理学では、多くの論文の参考文献が英語であったり、要旨が英文であったりします。そういった論文を躊躇せずに読めるようになったことで、自分の興味分野について多くを学べるようになったことが、「大学生活で英語が学びの幅を広げる」ということだと実感してい ます。

Interviews with Homeless People~インタビューから得たこと~

社会福祉学部 臨床心理学科 3年
 紺野 友也

海外事情では、共通のプログラムの他に個人でテーマを決めて動くこともできます。私の場合は、海外事情の準備段階でオーストラリアのホームレスに関するニュースを見たことがきっかけとなり、路上生活者の実際の生活の姿に興味を持ちました。

実際の光景を見て

▲生活支援雑誌には見えないおしゃれな「The Big Issue」

渡航前まではインタビューが可能かどうか迷っていましたが、シドニーについてから、やはり実際に彼らに話を聞いてみようと決めました。街を歩き、幅広い年齢の路上生活者がいたことや、一般市民からの募金が多いことがわかりました。また、路上での段ボール生活の光景もありました。
シドニー大学で出会った教授たちからは「インタビュー?ぜひしたら良いよ」という意見や、相手を観察し、細心の注意を図りながらインタビューすること等のアドバイスをいただきました。しかし反対に、「あまりいいこととは思えない」という対照的な意見を言う先生もいて、気を引き締めてインタビューに臨もうと思いました。

重なる障壁

▲インタビューしたホームレスの方と

私は路上生活をしている若者と、路上で雑誌販売をしているホームレスの方へインタビューを行いました。彼らの話からは、シドニーでは賃金が高いもののそれだけ物価も高いことということや、降水が困ること、自分が何をしたわけでもないのに暴力行為をしてくる人がいて、生活が妨害されていることなど、様々な障壁、生活課題が見えてきました。これらの課題を解決するためにも、安定した収入を得ることができる仕事や、一時的な居住地などを提供していくことが必要であり、だからこそ支援団体が雑誌販売(上の写真)のシステムを作り、本人の自立を促しているのだと納得することができました。

インタビューを通して、一部ではありますがオーストラリアにおけるホームレスの方々の生活状況や課題を把握できたことは、貴重な経験となりました。この機会のおかげで貧困の構造についての関心が高まったことはもちろん、自分の住む街が似た状況をかかえることがあったら、その時自分たちに何かできることはないのか福祉の視点から自治体の役割などを考えるきっかけにもなり、現在の学科の学習にも活かすことができています。

社会福祉学部 福祉心理学科 3年
 浅沼 百花

世界遺産になった無人島

▲昔の囚人が強制労働させられた造船所

コッカトゥー島(Cockatoo Island)はシドニーにある世界遺産の1つです。19世紀には刑務所や少年院、監獄があった島で、第二次世界大戦中には船渠が設けられ、いくつもの船舶が建造されました。その後、閉鎖され、一時無人島になりましたが、世界遺産に登録されて以降は観光地として開放されています。
今回、私たちがこのコッカトゥー島を訪れることになった経緯は、心理学を専攻している私が日本とオーストラリアの犯罪の種類や傾向などの違いに興味があったこと、また、世界遺産を訪れることでシドニーについて、歴史から学べると考えたからでした。

下準備に奔走

コッカトゥー島では観光客のためのツアーも行っていますが、今回は私たちがメールで事前連絡をしたところ、ツアーガイドであるレベッカさんが、特別なツアーを組んで下さることになりました。
下準備が入念にできると思い、私たちは、オーストラリアがイギリスの植民地であったことや、オーストラリアの先住民のアボリジニのことについて調べました。また、実際に行ったときレベッカさんの話を少しでも理解できるように、犯罪に関する英単語も事前に各自で調べ、当日のツアーに挑みました。
予想通り、歴史や犯罪に関する用語がたくさん出てきましたが、事前の準備のおかげですんなりと頭に英語が入ってきて、理解することができました。また、みんな質問をたくさん用意していたので、レベッカさんを歩いている途中に質問攻めにしてしまい「ああ!それは後で話そうと思っていたのよ!」「それもあとで話題に出そうと思っていたわ!」「あなたたち、ちょっと待って!」と言わせてしまい、その度に笑いが起きていました。

思いがけないお土産

▲ガイドのレベッカさんを質問攻め!

残念ながら、現在のオーストラリアにおける犯罪についてのお話は聞くことができませんでしたが、代わりに当時の獄中の囚人たちの生活について詳しく聞くことができました。今学期、私は犯罪心理学という講義を履修しており、先日は「世界一囚人に優しい国」と言われるノルウェーの囚人たちの獄中生活についての講義を受けました。その生活は、コッカトゥー島での囚人たちの生活と全く異なっていました。コッカトゥー島の囚人は、まるで人間として扱われていなかったとされていますが、今のノルウェーでは囚人も一人の人間として尊重されながら生活を送っているようです。
人権という意識が薄かった時代から、それぞれの時代の人々の努力があり、その結果世界が変わってきていると感じました。これは、レベッカさんの話があったからこそ気づけたことでした。あの時の学びが今受けている大学の講義に繋がっており、私にとっては思いがけないお土産となっています。

社会福祉学部 福祉心理学科 3年
 遠間 幸代

オーストラリアはカフェ大国!

▲和紙を使ったインテリアが店内を煌びやかに

私たちは、オーストラリアのビジネスの特徴について調べていくうちに、オーストラリアはコーヒー文化の国であり、日本と比べて圧倒的に個人経営のカフェが人気であることを知りました。どうして世界的に有名なチェーン店より、インディペンデント系のカフェのほうが人気なのか興味が湧き「カフェ訪問企画」を思い立ちました。そこから、オーストラリアでベストカフェに選ばれたことがあるお店を調べ、Devon Cafeにたどり着きました。
ホームぺージを見ると、名物のコーヒーだけでなく、日本の鮭定食のようなメニューや、和紙を使った照明などのインテリアが見られ、日本的なテイストを取り入れていることもわかりました。そこで、このようなメニューを提供している理由やシドニーのコーヒー文化、経営方法についてのお話をぜひ聞きたいと思い、お店にコンタクトを取りました。

ドタンバで変更発生!でも結果オーライ!

▲ノニさん(中央)とセッション中

当日、セッションはお店の中で行う予定だったのですが、お店に行ってみると外でのセッションに変更になっていました。その日は天気が良かったため、オーナー代理のノニさんの素敵な計らいで外に席を用意して下さったのです。しかし、この変更は、私たちにとってピンチでした。予定と違いお互いの声が届かず、Q&Aセッションができないというトラブルが起こったのです。しかし計画を変更し、途中で席移動タイムを提案したことで、全員がセッションに参加することができました。この時のとっさの英語での提案が果たして正確に通じるか、緊張したのを覚えています。また、バリスタの方やキッチンスタッフの方が途中で参加して下さったことで、用意していた質問のほかに即興で新しい質問を考える必要があり、戸惑いもありました。このように予定がどんどん崩れていきましたが、その時々の状況に応じて動くことで、よりよい方向へ変えることは、当たり前にできなければならないのだと実感しました。

Q: スタッフとのコミュニケーションで配慮している点はありますか?
A: 彼らの出身国の文化を理解し、まとめていくことです。

▲セッションの始まりは彼のコーヒーから

私たちはDevon Caféに訪れるにあたって、質問を30個以上用意し、この企画を成功させるために多くの時間を割きました。私たちが準備してきた質問にノニさんはすべて答えて下さいました。中でも印象に残っているのは、上述の「スタッフとのコミュニケーション」についての答えです。札幌ではまだ外国人と働く機会が少ないので、同じ質問をしてもこのような考えが出てくることはあまりないはずで、多国籍なオーストラリアならではだと思いました。
コミュニケーションをとる上で、個々のアイデンティティを尊重、理解することが、多文化共生への大きなカギとなるのだなあと、みんなうなずいて聞いていました。
近年、日本も多文化社会になりつつありますが、そこには言葉の壁だけでなく、各国の文化を理解するという課題があります。今回の訪問で、私たちに最も大切なのは異文化に対する一人一人の意識と、何より「理解しようとする姿勢」である、ということを学びました。
私は将来、就職先の会社で外国人と同僚になるかも知れません。文化の違いを超えて一緒に彼らと働く日がきたら、Devon Caféでのノニさんの言葉や、美味しいコーヒーの香りを思い出すでしょう。

状況を変えるのは自分次第〜修行のようなホームステイ〜

経済学部 経営情報学科  3年
 増井 美桜

引きこもってしまった私

▲美しいシドニーの街並み

ホームステイは私にとって初めての経験だったので、期待と不安とが入り混じった気持ちでの渡航でした。着いた初日にホストファミリーが突然替わるというトラブルが起こり、動揺したのを覚えています。しかし、とにかく英語をもっと話せるようになりたいと思い、新しいファミリーに対して早速拙い英語で積極的に話しかけました。
ファーザーはシドニーでの生活が長いため外国人に慣れており、私が話したいことを理解してくれました。しかし、外国出身のマザーはシドニーに住み始めてまだ1年で、彼女には「何が言いたいの」と嫌な顔をされることがありました。私は「なんで理解してくれないの」とイライラして、最初から部屋に引きこもってしまいました。また、私がリビングにいても家族でインドネシア語で会話をされ疎外感を感じたり、やっと会話をしてくれたと思ったら、以前いた韓国人の女の子の話題で、私よりその子の方が良いのかなと寂しさを感じ、会話そのものを憂鬱に感じた私は、口数も少なくなってしまいました。

状況を打開

▲大きなお土産屋さんの”Paddy's Market”

ホストファミリーとあまり話さず1日が終わってしまう、という状況が3日程続きました。それは思い描いていたホームステイと全く異なるもので、焦りが生まれました。私は悔しくなり「このままではオーストラリアに来た意味がない。この状況を良いものにしよう」と決心し、まずは何もすることが無くてもリビングに居座ることから始めました。最初は会話がなく気まずかったですが、ジェスチャーを使いながら日々会話が増えていきました。そして、私がシドニーに来た経緯や、ファミリーおすすめのお土産店(写真・右上)の話など、会話を重ねるにつれて私に少しずつ興味を示してくれるようになりました。

扉を開けて

3週間のステイでしたが、休日も私は忙しくファミリーとの時間が合わず、一緒に出掛けることなどは出来ませんでした。しかし、家にいる時間は一緒にテレビを見たり、英語を教えてもらったり、またステイの後半は、冗談を言い合ったり、日本のアニメについての少し難しい会話をすることもできました。
この3週間は、私にとって忘れられないものとなりました。悔しさを糧にしたこの経験を通し、私は「今の状況に不満を持っているなら、自分から行動して変えるべき」ということを学びました。帰国後もその時のことを思い出し、積極的に自分の意見を周りに発信するようにいつも心がけています。

ホストマザーは教師

社会福祉学部 臨床心理学科  3年
 紺野 友也

始まりはハプニングから!?

▲ホストファミリー宅からの景色

私のホームステイは、渡航直前にステイ先が変更になるというハプニングから始まりました。ホストファミリーは70歳近いマザーのみで、良い関係を築けるか不安になりながら飛行機に乗っていました。しかし、実際に彼女に会ってみると、元教師という経歴もあり、気遣い、人間性が素晴らしく、私と家族のように接してくれたため、とても居心地の良い時間となりました。

コアラのマーチは不発

ホストマザーとの普段の生活は、一緒に食事をすることやテレビを見ること、英語の発音を教えてもらうこと、日本の文化を伝えることなどを通して交流していきました。私は名前を早く覚えてもらいたいと考えていたため、Tomと呼んでもらうようにお願いし、距離を縮めていきました。他にも交流するための手段で、日本からオーストラリアにちなんでコアラのマーチと折り紙を持っていきました。
コアラのマーチにはあまり関心がなく、不発に終わってしまい残念でしたが、折り紙で鶴をプレゼントしたところ、興味を示しとても喜んでくれたので嬉しかったです。

未知なる文化への誘い

▲マザーにふるまってもらったカンガルーの肉

ホームステイ中に2回もカンガルーの肉をご馳走になりました。カンガルーの肉は牛肉のような風味、噛みごたえのある食感、そして塩が良く合いました。
1日フリーの日には世界遺産や植物園、美術館などへ連れて行ってもらい、その地の歴史や魅力を教えてもらいました。中でもブルーマウンテンズ国立公園で見た雄大な景色が印象に残っています。これら私の好奇心をくすぐる多くの異文化体験を企画してくれたマザーには感謝の一言です。

かけがえのない財産

▲ブルーマウンテンに向かうフェリーにて

渡航前までは1か月間シドニーで過ごしていけるか不安でしたが、そんな気持ちを払拭するほどの貴重な経験を数多くできたことは大きな財産です。そして何よりホストマザーの人間性の素晴らしさを感じたホームステイでした。
ホストマザーの気遣いはもちろんのこと、人種や出身など、分け隔てなく全ての人を受け入れようとする彼女の姿勢が大きな学びであり、私自身の、周りの人々に対する振る舞いを見直すきっかけとなりました。

今も、そしてこれからもつながっていく経験

経済学部 経済学科 3年
 中出 亘

多国籍な学生の中で

▲韓国人のクラスメイト(写真右)

私は語学学校のクラスで、韓国やロシア、台湾、コロンビア、タイといった色々な国から来た学生たちと一緒に学びました。みんなそれぞれ英語のイントネーションや話す速度が違い、戸惑うことも多々ありましたが、全員の仲が良くフレンドリーな雰囲気で、私もたくさん会話を楽しみました。ランチタイムには、数名のクラスメイトと一緒にサンドウィッチや弁当などを買ってランチをしたりもしました。授業では、先生によるライティングやグラマー、リスニングの授業だけでなく、好きな教科や家族についてなどの提示されたお題でのクラスメイトとの会話や、外でのフィールドワークもあり、授業外でもよく話すようになったクラスメイトもいました。また、先生が時々ジョークをかませて場を沸かせたり、昨日どこに行ったか、何か良いことがあったかなどの日常会話をしたりと、先生と学生との距離がとても近く感じました。

世界に広がるconnection

▲フレンドリーな先生と

私はIntermediate(中級)のレベルのクラスを受けましたが、クラス全体のレベルが高く、最初は皆が何を言っているのかよくわからずとても不安な気持ちでした。しかし、皆との会話を重ねるごとにだんだん理解できるようになり、英語や英会話の楽しさを感じるようになってきました。私たちは、午後はほぼ毎日プロジェクト活動があったので、語学学校での授業は午前中のみでした。そのような授業の受け方はイレギュラーのようでしたが、先生が次の日までの宿題を午前中に出したり、クラスメイトが前日の午後にやったことを教えてくれたりして助けてくれました。最終日には、私を含めみんなが別れを惜しみながら、連絡先を交換したり、写真を取り合ったりして最後まで楽しく過ごせました。

今やるべきことをやる

私が最も印象に残ったことは、多くのクラスメイトが母国で職についており、職場に英語が必要であるという理由で留学していたことです。日本も含めどの国でも社会に出てから英語を必要とすることがあるのだ、とリアルに実感したのは初めてでした。そして、日本では就職してから留学することは珍しいのに対し、他の国ではそれがほぼ当たり前のようにされていることを知りました。日本では、就職すると自分の語学のスキルアップのために費やす時間が限られており、留学することが困難です。ですので、私は在学中に英語の勉強や知識の獲得など社会人になる前にできることから少しずつでもこなして行くべきと感じています。また、卒業してからも日本の常識に囚われず、外に目を向け続ける自分でいたいと思っています。

Australian Pacific College

経済学部 経営情報学科 3年
 塚崎 菜々

都心のキャンパスライフ

▲APCのエントランス

オーストラリア・パシフィック・カレッジ(以下APC)は、7つのキャンパスに分かれています。私たちが3週間過ごしたシドニーのケントストリートキャンパスは、最寄りの地下鉄ウィンヤード駅から徒歩5分の所にありました。この駅は大きな駅であり、地上へ行く途中にショッピングモールが併設されているほどでした。朝はパン屋さんの前に朝食を求める人たちの行列が連なっており、道行く人はコーヒー片手に通勤、通学していました。駅から出ると高層ビルが多く、中学生や高校生、ビジネスマンなどたくさんの人とすれ違う、いつも賑わっていたエリアでした。APCは専門学校で、その中で英語コースは5つに分かれており、私たちは渡航前にWeb上で行われる入学前試験を受験しそれぞれのレベルに合うクラスへ振り分けられました。どのクラスも多種多様な国籍のクラスメイトで編成されている10~15名ほどの少人数のクラスで、私たちを含め日本人が1、2名という環境でした。このほかにも、マーケティングやホスピタリティなど専門的な知識を学べるコースも展開されていました。

授業外で交流のチャンスも

▲話し合いなどを行ったフリースペース コモンルーム

お昼休みや休憩の時間には学校の建物内や外のカフェへ行って昼食を取ったり、キャンパス内にあるコモンルームという休憩所で語学クラスの垣根を越えて友達としゃべりながら過ごしたり、お互いの国の言葉や流行を教え合ったりなど、様々な人と触れ合える環境がありました。
ある日の朝、始業前に学校に早く着きすぎてしまったとき休憩所にいた私は、たまたま近くに座っていたブラジル人の男の子に話しかけました。私が日本人であることを話すと、彼は母国で日本人の女性が日本語を教えてくれて、その先生がとても優しかったことから、日本人に良い印象を抱いているという話をしてくれました。彼とは違うクラスでしたが、すれ違う時に挨拶する仲になり、どこにでも英語を話すチャンス、友達になれるチャンスは転がっているのだと感じました。また、APCのスタッフの方々はとても親切で、マーケティングやホスピタリティの先生にお会いする企画も一緒に立てて下さいました。周りの方々の協力もあり、充実した時間を過ごせました。

参考資料:Australian Pacific college 公式HP

大学生との交流会~シドニー大学での1週間を振り返って~

LINKプロジェクトメンバーでシドニー大学での学生交流会について、座談会で振り返りました。

座談会メンバー

  • 福祉心理学科3年 浅沼 百花(以下:浅)
  • 福祉心理学科3年 堀 海香子(以下:堀)
  • 心理・応用コミュニケーション学科3年 寺戸 楓(以下:寺)
  • 心理・応用コミュニケーション学科3年 鈴木 菜津子(以下:鈴)

Part1 多文化共生について

▲緑あふれる大学

浅:シドニー大学では学生とも交流したよね。その中で印象的だったのは?

鈴:多文化共生の弱点について。インドネシア出身の学生とディスカッションした時に、彼女が「何が正しくて、何が間違っているかわからなくなる」と答えていたことかな。札幌には異文化コミュニティーが少ないし、異文化の人はマジョリティーに同化している雰囲気があると思う。彼女の言葉は様々な人種や宗教などが入り混じっているシドニーで生きているからこそ感じるものだと思ったな。

浅:確かにそうかもね。

鈴:あと、シドニーでは多国籍のレストランが並んでいるけど、オーストラリアならではの食事はないということに驚いた。そして、オーストラリアの伝統という話題になった時に、アボリジニの話は出てこなかったよね。ここは北海道におけるアイヌの存在位置と似ている気がする。

堀:うん。あと、交流した大学生はエスニックマイノリティの子が多かったよね。だからこそ、つらい経験のエピソードとか、彼らの考えを聞きたかったんだけど、でも、聞けなかった。

寺:えっ、どうして?

堀:たぶん、渡航前に先生から「みんなが想像するオーストラリア人像とは違い、見た目はアジア系の人も多いし、いろいろな背景があるんだよ。」という話を聞いていたこともあって、私の意図しないところで差別をしてしまう可能性があるかなと思ったんだよね。

▲多国籍な学生で賑わう卒業式

寺:なるほど。

鈴:この交流会を踏まえて、日本はどうあるべきだと思った?

浅:多文化共生については、複雑だけど…賛成。違いを受け入れられる社会って良いよね。シドニーで私たちは色目で見られることはなかったけれど、日本の、外国人を珍しい目で見るあの感じは少し居心地が悪いと思う。もし日本も多文化共生社会を目指すなら、私たちと違う人がいて、それが普通だ、ということを教育するべきだと思う。

堀:そうだね。色々な考えを持つ人が集まるから、ぶつかり合うことで問題が生じるかもしれないし。だから、外国語教育だけじゃなくて、外国語を話す人、さまざまな宗教を持つ人への対応とか、より多くの配慮をする必要がある気がするな。

 

Part2 オーストラリアの学生から学んだこと

▲大学の教室で学生とディスカッション

鈴:じゃあ次に、オーストラリア人と日本人を比べてみて感じたことは?

堀:私は大学生交流会の担当者だったので、ディスカッションの前に、当日の流れを現地のリーダーと相談することがあったんだ。話し合いが難航したとき、彼女はすごくはっきりと、「こちらが良いと思う。なぜなら…」というふうに答えてくれた。

鈴:ああ、ルネイさんだよね。

堀:うん。そのおかげで話し合いが解決に向かっていったんだ。話し合いの時によく結論が決まらず、滞ることってない?それって自分の意見を言うけれど、それ以上に周囲を気にしてるからじゃないかな。彼女みたいに、自分の意見を根拠も含めて、論理的に話せる人の存在って大事だと思った。

浅:日本人は周囲を気にして、「私はこう思う、けどみんなは違うかな」と語尾を濁すことがあるよね。でも一方では、意見に正解はないのに、正解を求めたり、キレイにまとめることが好きな面もあるよね。例えば、日本人の字は角ばってて、きれいで、見やすいところとか。それはそういう教育をされてきたからだよね。

鈴:たしかに、そういうところもあるかも。友達が高校生のとき壁新聞の展示会で、字がどれだけきれいに書けるか評価をされた話を聞いた。でも字はあまりきれいではないけれど、内容がしっかりしている人も評価されるべきだと私は思う。シドニー大学の学生の字って、まさに、内容を整理するための字だったと思う。確かに、見た目をキレイにすることは大切なことだけど、相手に自分の意見を伝えようとがむしゃらに頑張ることも大切だなって感じた。

寺:現地の人ってガツガツと聞いてくることが多かった。「何でここに来たの?」と聞かれて「英語や異文化を学びたいから」と答えると、「それって日本でもできるよね?」って、またつっこまれる。

▲盛り上がる議論をうまくまとめる司会者たち

堀:わかる。私も語学学校でそんな経験があったな。

寺:答えられないでいると相手が勝手にまとめたり、「じゃあ何が言いたいの」って言われたり。自分のことを話しているはずなのに、突っ込まれ続けると、押されて答えらない。最後まで自分のペースに持っていけないのがとても悔しかった。

堀:そうなんだ。

寺:でもこの経験をしたからこそ、お互いに心地よいペースって何だろうって考えるようになった。たとえば、道に迷っている外国人観光客に道案内をする時。これは、外国で第一言語じゃない言語を話すもどかしい気持ちを知ったから、できるようになったことだと思う。それからはもう恐れるものはない!って感じにコミュニケーションをとっている。

鈴:みんな、この23日間での経験を通していろんなことを考えさせられたよね。私たちがこれから社会に出ていったときに、手に入れた知識、視点、スキルをフル活用していけたらいいね。

浅:そうだね!23日間で終わりじゃなくて、成長し続ける私たちでありたい。

経済学部 経済学科 3年
 中出 亘

世界最大のLGBTパレード

▲”SAY YES TO LOVE”のメッセージを掲げるシドニー市の職員チーム

シドニーは、色々な国籍、人種だけでなくLGBT(レズビアン、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダー)の人たちに対する差別問題の解決に積極的に取り組んでいる街です。マルディグラという行事は、州政府や市民がLGBTの権利を認めていることを祝福するお祭りとなっています。また最終日のパレードは、LGBT当事者がまだ残る偏見との戦いや平等を強く訴える場でもあります。ここまで戦い続けてきたオーストラリアのLGBTの人たちの考え方、市民の多様性への取り組み、社会的包摂について、日本と比較するために、私たちはマルディグラのパレードに行こうと決めました。

街がカラフルになる1日

▲パレード前のANZ(オーストラリアニュージーランド銀行)職員のチーム

マルディグラについて調べていくうちに、パレードの歴史や人々の取り組みなどを、直接インタビューをしたいと思うようになりました。そこで、私たちは日本にいる間に、マルディグラのスタッフの方とコンタクトを取ろうと様々な方法で試みました。しかしなかなか上手くいかず、色々と考えた結果、パレードの前に参加者やサポーターの方たちにインタビューをすることにしました。パレードには州警察チームや国内最大手の銀行、シドニー大学など各種団体も参加しており、みんな華やかな衣装を身にまとっていました。一週間前から街中にレインボーの旗(LGBTのシンボル)が飾られており、パレードの時にはストリートはもちろん、近所のマンションから旗を振っている人たちも多数いて、シドニーの街全体がLGBTの権利の獲得を祝福している、という印象を受けました。

We are the Next Generation!!

▲当事者の方へのインタビュー

私がインタビューをして印象に残ったことは、黒い衣装を身にまとったパレード参加者の年配の女性(写真右の女性)が語って下さったことです。
「あなたたちは『次の世代』。政府には世界は変えられない。この世界を変えられるのは、『次の世代』の人だけ。だから、あなたたちが世界を変えなさい!」という言葉でした。

▲1人でインタビューに挑戦

札幌も、実は目を向けると、レインボーマーチというパレードや、パートナーシップ制度を開始するなど、当事者が住みやすい社会づくりへの動きも見られます。しかし、それでもなお、LGBTに対する偏見、いじめ、社会的障壁があります。それに立ち向かうためには、まず、私たちが「世界には、シドニーのようにこれらの問題に立ち向かい続けている街があるのだ」と気づくことが重要だと思います。そして、「このような問題は重すぎて、変えようがない」などと思わず、世界を足元からでも変えようと強く思うことではないでしょうか。
私は、インタビューで出会った人たちとの会話を忘れず、自分と異なる人たちを純粋に一人の人間として受け入れることのできる人間でありたいです。

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